Prime Partners, Inc.

ニューヨークにおけるベンチャー投資動向

4.11 2016

米国では、数年にわたる超低金利や中央銀行の量的緩和策の恩恵により、投資家のベンチャー企業への投資が活性化され、評価額が10億ドル(約1200億円)以上のベンチャー企業の数は過去約12カ月で120社以上に増えている。そのような状況を「ベンチャーバブル」と危ぶみ、一部の投資家はFRBの金利政策の方針を注意深く見守り、積極的な投資を押さえはじめている。実際2015年度でみると、北米のベンチャー投資総額は前年同期比26%アップの$74.2Bとなっているが、投資案件数は前年同期比10%マイナスの4890件となっている(年の前半にユニコーン企業が大きく資金調達を行ったことで、投資総額が伸びている)。

(参照:Venture Pulse, Q4’15, Global Analysis of Venture Funding, KPMG International and CB Insights, January 19th, 2016)

と、ここまでは、多くのメディアで目にする「米国ベンチャー投資動向の陰り」の話であり、最近多く語られているように、今年はネガティブCF+バーンレートの比較的高いスタートアップは、より資金調達が難しくなるというのは良く分かる話である。

今回は、そんなネガティブな空気感の中で、少し前向きな話題をと思い、シリコンバレーに続きベンチャー投資が活発、且つ昨今資金調達が減ってきてると言われる、シードラウンドの資金調達においても勢いのある、ニューヨークのベンチャー投資動向に触れてみたい。

ニューヨーク州は、ベンチャー投資件数・投資総額共に、カリフォルニア州に続き第2位であり、カリフォルニア州でさえ最近は投資件数が落ち込むなか、2012年以降もその数は右肩上がりで成長を続けており、近年では「Tech Hub」として、起業家や投資家からも注目を集めている都市である。

2016年に入ってからのベンチャー投資も活発で、直近3月の投資状況は以下の通りである

Angel/Seedラウンド

投資件数:19件(全米109件)投資総額:$31M(全米$160M)

Series B ラウンド

投資件数:7件(全米40件)投資総額:$64M(全米$670M)

Series C 以降のラウンド

投資件数:8件(全米59件)投資総額:$255M(全米$2.1B)

それ以外のラウンド($10M調達以下でラウンド未特定の案件)

投資件数:34件(全米165件)投資総額:$91M(全米$498M)

(参照:http://www.alleywatch.com/2016/04/the-m arch-2016-nyc-venture-capital-and-angel-funding-report/)

ザックリとではあるが、ニューヨーク州では全米における投資件数の約17%、投資額では13%をカバーしているのである。
ニューヨーク州における過去数年の投資動向を注意深く見ていると、以下4つの領域・分野における投資が活発であることが確認できた。

(参照:https://www.cbinsights.com/new-york-venture-capital & その他データ Mattermark, Crunchbase, AngelList.)

⓵ フードテック(主にロジスティック)
⓶ コンシューマー向け商品&サービス(EC含む)
⓷ フィンテック
⓸ デジタルメディア

本稿ではニューヨーク州の投資動向の中でも、特に投資が活発な上記4領域・分野における動向を見てみたい。

フードテックの動向について

ニューヨークにて、2013年から2015年におけるフードデリバリー関連のスタートアップへの出資は30倍以上に増加している。

(参照:https://www.entrepreneur.com/article/245549)

(参照:http://techcrunch.com/2016/02/02/state-of-nyc-seed/)

U.S. Census Dataの統計によると、ニューヨークのマンハッタンだけで、毎週月〜金曜日の間、約2170万食のランチが購入されており、世帯当たり1週間のうち約5.8食分が外食、もしくはテイクアウト&デリバリー食品購入となっており、マンハッタンの人工密度及び、この習性がフードデリバリービジネスの底上げをしているといっても過言ではない。実際ニューヨークには数多くのフードデリバリーのスタートアップが存在し、ローカルデリバリーネットワーク及び、配送管理の合理化(Homer Logistics やPostmatesとの提携など)、メニューの発見からオーダーまで分かり易くするといった、アプリのユーザーインターフェースの作りこみ、そしてモバイルファーストでのサービス提供と、各社それぞれ差別化を図りながらサービス展開を始めている。
(参照:http://www.nyc.gov/html/nycfood/downloads/pdf/2015-food-metrics-report.pdf)

ニューヨークで活動する主要フードデリバリースタートアップは以下の通りである:

⓵ 厳選されたシェフの作った料理をお届け
MaplePortable ChefKettlebell Kitchen

⓶ 健康食品、食料雑貨品をお届け
AlohaMercatoTry The WorldOurHarvestMouth Foods

⓷ 料理セット(食材、調味料のセット)をお届け
Blue ApronPlatedFleshlyGreen BlenderHelloFreshHungryroot

⓸ 家庭料理、ローカルフード、またシェフをお届け
HomemadeEatInChefCookunityThe Oliever Weston Group

⓹ レストランの料理をお届け
ArcadeCity Lunch ClubFoodie for AllBentoBoxPush for Pizza

⓺ 上記デリバリー各社へロジスティックス機能を提供
Homer LogisticsBringMeThat

フードデリバリーは非常に競争の激しい市場であり、資金調達の動きも活発である一方、昨年夏以降淘汰の動きも加速し始めている。昨年から今年にかけては特に、⓵、⓶、⓷といった分野への投資が目立つがニューヨーク以外の都市での展開&成長が課題とされており、メニューの見つけ易さ、バラエティーなど、各社UI/UXの改善に力を注いでいる。

コンシューマー向け商品&サービスの動向について

皆さんはWarby Parkerという眼鏡の販売をするECサービスをご存知だろうか?2010年にニューヨークにて創業、2011年に$1.5Mをベンチャーキャピタルより調達し、センスの良い、高品質の眼鏡を安価に、オンラインのみで販売。おしゃれでお手頃価格の眼鏡は口コミで一気にニューヨーク中、そして全米に広がった。彼らのビジネスの組み立て方は、それ以降多くのニューヨーク発コンシューマー商品&サービスを展開するスタートアップに影響を与え、ピッチの場で自社サービスの事を「Warby Parker for X」と形容するスタートアップも少なくはない。
(少し古い記事だが、Forbesに掲載された「Warby Parker: The Human Referral Effect」は非常に参考になる記事だと思います。)

Warby ParkerがSeed Roundにて$1.5Mを調達しビジネスを拡大し始めてから、それに続けと Harry’s(スタイリッシュな髭剃りセットを販売、2012年に$4Mを調達して以降、今までに約$290Mを調達している)、BarkBox(犬向けのグッズ販売コマースサービス)、Zady(生地の生産地などからこだわった、ファッションのコマースサービス)、Boxed(日用品のコマースサービス)、Oscar(オンライン保険サービス)、Casper(寝具に特化したコマースサービス)、SPRING(モバイルコマース)、Jet(日用雑貨コマース)、Greats(男性用シューズのコマースサービス)、BeMe(女性下着コマース)など多くのニューヨーク発コンシューマー向け商品&サービスを提供しているスタートアップが資金調達を成功させ、事業拡大を行っている。

これらサービスに共通していえることは:

1.自社ブランドの確立(顧客とのコミュニケーション、ロイヤリティ提供など、工夫をこらしたサービス構築)

2. 利便性へのこだわり(UI&UXでの差別化、モバイルファースト、オンデマンド、時短)

であり、各社のプレゼンテーションもこの辺りを全面に押し出してくる。この領域は資金調達、ビジネスの拡大は順調そうではあるが、自社ブランドを押したコマースサービスでは、ここ数年一握りのイクジットしか出ていないのも事実。今後の動向に注目したい領域である。

フィンテックの動向について

金融の中心地であるニューヨークは“The City Embraces Bitcoin”などと呼ばれるように、新しいテクノロジーにも前向き且つ、フィンテック事業を立ち上げやすい環境が整っており、フィンテック・ベンチャーへの投資も活発に行われている。

(参照:http://www.fintechinnovationlabnyc.com/media/830595/FinTech-New-York-Partnerships-Platforms-Open-Innovation.pdf. Page 4)

環境面で言うと、金融の中心であるニューヨークには数多くの金融のプロフェッショナルが存在し、それらプロフェッショナルを抱える大手金融企業が積極的にスタートアップの技術検証、導入を行うという環境が整備されている。またPartnership for New York Cityなどビジネス協議会によるフィンテックスタートアップに対する金銭的な支援も充実しており、2014年以降はフィンテック関連ベンチャー企業への投資件数は、シリコンバレーを上回っている(上図を参照)。

少し古いデータとなるが、ニューヨークのFinTech関連ベンチャー企業への投資額は2014年度で7億6800万ドルであり、前年度と比較し32%増加している。投資額を各セグメント別でみた場合、Lending(融資・貸付)サービスへの投資が全体の47%と約半数を占めている、それに続きMarket(投資関連)が15%、Payments(決済)13%、Wealth Mgmt(資産運用)11%、などと続いている(下図を参照)。

(参照:http://www.fintechinnovationlabnyc.com/media/830595/FinTech-New-York-Partnerships-Platforms-Open-Innovation.pdf. Page 6)

一方、米国全体のフィンテック関連投資額を各セグメントでみると、98億8700万ドルのうち、Payments(決済)への投資が54%と過半数以上を占め、それに続き、Lending 25%、Wealth Mgmt 4%、Market 3% となり、金融のプロフェッショナルを多く抱えるニューヨークは、金融機関寄りサービスへの出資が目立つ(下図を参照)。

(参照:http://www.fintechinnovationlabnyc.com/media/830595/FinTech-New-York-Partnerships-Platforms-Open-Innovation.pdf. Page 5)

なにより、ニューヨークにフィンテックの投資が集中する大きな理由として、2009年にニューヨーク州が発表した Financial Service Revitalization Plan (金融再生計画)を無視する事は出来ない。

(参照:http://www.nycedc.com/system/files/files/industry/FSPressAnnouncement20090220.pdf. スライド 14)

ここで発表された11の施策の中にはスタートアップ支援に当たるものが多い:起業家ネットワークの支援及び確立、インキュベーターの立ち上げ、~$10MM エンジェル投資ファンドの組成、Jump Start NYCやFastTrac(金融機関を解雇された人材の起業及びベンチャー企業での雇用支援)の設立など。計画はリーマンショックによる人材流出を留める事に大きく貢献し、結果フィンテックスタートアップへの人材流入を促す事に成功している。ニューヨーク州は今後も州として、フィンテック関連のスタートアップの支援を継続する事を強調しており、継続盛り上がる市場になりそうである。

デジタルメディアの動向について

金融の中心地として知られるニューヨークは、メディアの中心地としても有名であり。BuzzFeedVice MediaHuffington PostElite DailyTumblrKickstarter といった新興メディアが続々と生まれている。

近年の資金調達をベースにメディア関連サービスをみると、“次世代を対象にインタラクティブさを推す” Elite Daily, The Skimm, Bustle, Spoon University“ニッチなコンテンツを提供する” Greatist, Food52, DailyWorth, Fatherly などが多くのアクティブユーザーを抱え、Seed, Series A またそれ以上の調達ラウンドでの資金調達を達成している。

またユーザーのメディア消費スタイルに合わせたスタートアップも多く立ち上がっており、動画・オーディオに特化したNowThis, Wibbitz、ソーシャルキュレーションメディアの Newsela, RebelMouseといったスタートアップがニューヨークより全米へと事業を拡大している。

これらデジタルメディアのベンチャーがニューヨークで生まれる背景として、メディアに特化したインキュベーター、投資家の存在、そして買収に意欲的なプレイヤーの存在が大きい

インキュベーター、また投資家としては事業会社の参入が活発で、大手新聞社である NYTimes は NYTimes R&D Labを立ち上げ、多くのメディア系スタートアップの成長を支援、大手ケーブル事業者のComcastはComcast Venturesと呼ばれるコーポレートベンチャーキャピタルを通じて、多くのメディア系スタートアップへ出資を行っている(大手雑誌社 CONDE NAST もメディア系スタートアップへ積極的な投資を行っている)

買収プレーヤーとしてはニューヨークを拠点とする、大手メディア企業のTimeInc、News Corporation、IAC、HEARSTなどが2012年以降スタートアップの買収に積極的である。

また、BuzzFeedやVice Mediaといったデジタルメディアの新興スタートアップが大型資金調達をベースに、デジタルメディアのスタートアップを数多く買収しており(BuzzFeedが6社、Vice Mediaが2社を買収)、買収意欲の高いプレーヤーが多い市場として、当面は活発な市場となりそうである。

以上、ニューヨークのベンチャー投資の動向を纏めてみたが、ニューヨークは特に上記に述べた領域のスタートアップを育てる独特な環境/エコシステムをもっている、非常に面白い街である。昨年はEtsy、Business Insider、Tapadなどの大型イクジットもあり、今年もスタートアップそしてベンチャーキャピタリストにとって目が離せない街になりそうだ。